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富山地方裁判所 昭和53年(行ウ)2号 判決

富山県黒部市生地宮川町四二二番地

原告

潟田正夫

右訴訟代理人弁護士

松澤與市

富山県魚津市北鬼江三一三番地の二

被告

魚津税務署長

森田武雄

右指定代理人

岡崎眞喜次

横山静

山田紘

吉崎健治

釣谷邦利

亀田信夫

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、原告に対し、原告の昭和四七年分所得税につき昭和五一年三月一〇日付でなした更正処分及び過少申告加算税賦課決定のうち総所得金額七五七万七、二五八円を基礎として算出される税額を超える部分を取消す。被告が原告に対し、原告の昭和四八年分、昭和四九年分の所得税につき昭和五一年三月一〇日付でなした更正処分及び過少申告加算税賦課決定を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は、被告に対し、昭和四八年三月一四日に同四七年分の、同四九年三月一四日に同四八年分の、同五〇年三月一四日に同四九年分の各所得税について、各総所得金額及び本税の額をそれぞれ、別表第一(一)記載のとおりとして、確定申告をなした。

2  被告は、原告に対し昭和五一年三月一〇日、同四七ないし四九年分の各所得税について、総所得金額及び本税の額をそれぞれ別表第一(二)記載のとおりとする更正処分(以下「本件更正処分」という。)、過少申告加算税賦課決定(以下「本件賦課決定」という。)及び重加算税賦課決定をなした。

そこで、原告は、国税不服審判所長に対し右各処分を不服として審査請求をなしたところ、国税不服審判所長は、昭和五二年一二月五日、別表第一(三)記載のとおりにする旨の一部取消の裁決をなした。

3  ところで、原告は、昭和四六年度から同四九年度において別表第二(一)(二)記載のとおり、原告の事業として継続的に株式の取引(以下「本件株式取引」という。)を行ない、昭和四六年度、同四八年度及び同四九年度には、それぞれ別表第二(三)記載のとおりの損失が生じた。

4  本件株式取引による右損失は、事業所得の金額の計算上生じたものであり、所得税法第六九条第一項の規定に基づき、他の各種所得金額と損益通算が認められ、さらに、原告は青色申告者であるから、同法第七〇条第一項の規定に基づき、右各損失額は繰越しが認められるべきである。

そうすれば、原告の本件各係争年分の各総所得金額は、別表第一(三)記載の国税不服審判所長の裁決額から別表第二(三)記載の各損失の金額を損益通算し、かつ純損失の金額を繰越控除することにより別表第三(一)記載のとおりとなる。

5  したがって、被告のなした本件更正処分及び賦課決定(但し、裁決により取消された後のもの。)のうち、昭和四七年分については総所得金額七五七万七、二五八円を基礎として算出される税額を超える部分、同四八年分及び同四九年分については各処分が違法であるから、その取消を求める。

二  被告の答弁及び主張

1(一)  請求原因1項の事実は認める。但し、各年分の確定申告書の提出はいずれも三月一五日である。

(二)  同2項の事実は認める。

(三)  同3項の事実のうち、原告が本件株式取引により、別表第二(三)記載のとおりの損失を生じたことは認め、その余の事実は知らない。

(四)  同4項の事実のうち、原告が青色申告者であることは認め、その余の主張は争う。

(五)  同5項の主張は争う。

2  原告の本件各係争年分の総所得金額は別表第一(三)の総所得金額欄記載のとおりである。

3  本件株式取引により生じた損失は、以下に述べるように、事業所得金額の計算上生じたものではなく、雑所得金額の計算上生じたものと解すべきであるから、損益通算はできない。(所得税法第六九条)そして、繰越控除の対象となる純損失の金額とは、損益通算の規定を適用してもなお控除しきれない金額をいう(同法第二条第一項第二五号、同法第六九条第一項及び同法第七〇条第一項)のであるから、損益通算ができない本件においては、純損失の金額の繰越控除もできない。

(一) 株式取引による所得が課税の対象となる場合に、それが事業所得になるか雑所得になるかは、右取引が事業所得の基因となる事業といえるかどうかで決せられるところ、所得税法第二七条第一項及び同法施行令第六三条第一二号は、対価を得て継続的に行なう事業から生じた所得は、事業所得に該当すると規定している。

そして事業所得の基因となる事業とは、営利を目的とする継続的行為で、一般社会通念上事業と認められるものをいうと解せられ、営利性、有償性、継続性、反覆性のほかに事業としての社会的客観性を要するのであり、したがって、当該行為が事業に当るか否かは特定の具体的行為の目的、当該行為を行なうための人的・物的設備の有無、資金の調達方法、当該行為について自らの思考に基づく企画遂行性の存否、当該行為を行なうについて主体者たる地位にある者が提供した精神的・肉体的労力の程度、その者が生計をたてるために従事している職業の存否、その者の経歴その他諸般の事情をも考慮して判断されなければならない。

(二) 原告の行なった本件株式取引は、次に述べる諸事実から、いまだ社会通念上事業とはいえない。

(1) そもそも事業は、相当程度安定した収益を得られる可能性がなければならない。しかるに、株式の信用取引は、株式市場における株価の急激な変動を利用して売買差益を利得する機会をもつという極めて投機性の強いものである。そのため収益性も極めて低く、相当の専門知識を有し、かなりの期間継続取引を行なっている者でも大半が損失に終わっている。このように所得の発生が偶発的、投機的である株式の信用取引は、特段の事情がない限り社会通念上事業にはなじみにくい。

(2) 原告は、昭和四六年六月、富山市今泉の土地の売却代金二、九八二万九、〇五〇円を入手して、証券会社の外交員等に勧誘されたことを契機に、本件株式取引を始めたもので、従来株式取引の経験がなかった。

(3) 原告は、ガソリンスタンド三店を持ち従業員約一〇名雇用し、年間売上高約一億三千万ないし二億六千万円をあげている附近でも規模の大きい石油販売業者で、その総所得及び生活の資のほとんど大部分を右石油販売業から得ている。

(4) 原告は、石油販売業における危険物保安監督者として常時従事する責務があるうえ、前記の規模の石油販売店を指揮監督せねばならず、本件株式取引は、石油販売業の余暇を利用して、売買のための電話をする程度にすぎない。

(5) 原告は、その雇用している従業員のすべてを石油敗売業に従事させ、本件株式取引は石油販売のために設置されている電話を利用しており、本件株式取引をするための人的、物的設備を設けていない。

(6) 本件株式取引のための資金は、前記(2)記載の土地売却代金のみで、また必要経費もそのほとんどが株式取得に直接要した費用であり、営業として事業逐行上基本的に必要とされる一般管理費は皆無に等しい。

(7) 原告は、株式取引について所得税法第二二九条に定められた事業の開始に関する届出をしておらず、また、昭和四六年分ないし同五〇年分の確定申告書及び青色申告決算書には株式取引による所得について何ら記載していない。

(8) 原告は、当初、本件株式取引のことを関与税理士に報告せず、後日欠損した分を何とかしてほしいと頼んだ程度であり、審査請求をするまで本件株式取引を事業として認識していない。

(三) 以上の事実を考慮すれば、原告の行なった本件株式取引は、原告が趣味と実益を兼ねて行なったいわゆるサイドワーク的なもので、いまだ営業として行なったものとは認められないから、右取引から発生した所得は、事業所得ではなく、雑所得である。

したがって、右取引によって生じた損失については、損益通算も繰越控除もできない。

4  仮に、本件株式取引による損失が 事業所得の金額の計算上生じた損失であるとしても、原告は 純損失の繰越控除の適用を受けるための手続を欠いているから、その適用を受けられない。

すなわち、 純損失の繰越控除の適用を受けるためには、所得税法第一二三条に規定する確定損失申告書に純損失の金額等所定の事項を記載して、その提出期限までに税務署長に提出しなければならない。しかるに、原告は、昭和四六年分ないし同四九年分の確定損失申告書を被告に提出していない。

したがって、原告は、純損失の繰越控除の適用を受けられない。

三  被告の主張に対する原告の答弁および反論

1  被告の主張2項は争う。原告の本件各係争年分の総所得金額は請求原因記載のとおり被告主張額から本件株式取引により生じた損失を控除した別表第三(一)記載の金額である。

2  被告の主張3項について、冒頭の主張は争う。

(一) 同項(一)は認める。

(二) 同項(二)冒頭の主張は争う。

(1) 同項(二)の(1)は否認する。株式の信用取引は、現物取引の裏付のもとに行なわれ、顧客と証券会社間における信用の決済に六ケ月間の猶予期間があるに過ぎないのであるから、現実に株式を買入れ、六ケ月後に売却し、或いは手持株式を売却して六ケ月後に同一銘柄の株式を買入れる株式投資の場合と差異はなく、したがって、その投機性は稀薄である。また、現実の損害発生は、如何なる業種においてもまま発生することであって、株式の信用取引の事業性を否定するものではない。

(2) 同項(二)の(2)のうち、昭和四六年六月富山市今泉の土地売却代金二、九八二万九、〇五〇円を入手したこと及び従来株式取引の経験がなかったことは認め、その余の事実は否認する。原告は、石油販売業という単一事業では利益が少なく、石油販売業を一段と飛躍させ、住宅建設等を図るには、設備投資及び人件費が少額で済み、石油販売業に携わりながら業務の逐行ができる株式取引業が最適と考えて本件株式取引を始めたものである。

(3) 同項(二)の(3)のうち、原告が生活の資のほとんど大部分を石油販売業から得ていることは否認し、その余の事実は認める。原告は、株式取引を始めてからは、事業収益を区別せず、石油販売業と株式取引による収益を混同して生活の資に当てていたものである。

(4) 同項(二)の(4)のうち、原告が危険物保安監督者であることは認め、その余の事実は否認する。石油販売業における危険物保安監督者は常時販売場所に立会っていなければならないわけでなく、入善給油所及び三日市給油所には他に免許保持者が勤務し、生地給油所は原告が本件株式取引の本拠としていたものである。また、原告は、経済誌、情報誌及び証券会社の外交員から情報を収集し、日々グラフを作成するなどして、株価の高低、配当額を研究しており、一日の労力の大半を株式取引に費していた。

(5) 同項(二)の(5)は否認する。原告は、本件株式取引を営むにあたり、机を購入し、プツシュ式ビジネスホン四一〇型三台を増設し、さらに既設の電話に付属鈴を付けた。

(6) 同項(二)の(6)は否認する。株式取引の資金は、土地売却代金では足らず、金融機関から借入れ、その残高は、昭和四六年末には約四、〇〇〇万円、同四七年末には約一億九、〇〇〇万円、同四八年末には約一億四、〇〇〇万円、同四九年末には約一億一、五〇〇万円に達していた。また、経済誌、情報誌の購読、右借入金の金利負担、情報収集や株式売買のための電話代等必要経費も多額にのぼった。

(7) 同項(二)の(7)は認める。なお、これは顧問税理士の怠慢によるものであり、原告の責に帰しえない。

(8) 同項(三)の主張は争う。

3  被告の主張4項について、原告が、昭和四六年分ないし同四九年分の確定損失申告書を提出していないことは認め、その余は争う。

被告は、昭和五〇年四月項から、原告の昭和四七年分以降についての総所得金額等の調査を行なって本件更正処分を行なっており、原告はこれに対し審査請求を求めて更正処分に反論し、その反論は実質的に繰越控除の適用を受けるための所定の手続の実行であるから、繰越控除が適用されるべきである。

第三証拠

一  原告

1  甲第一ないし第五号証、第六号証の一ないし三、第七ないし第一二号証、第一三号証の一ないし九、第一四号証、第一五号証の一ないし三、第一六号証の一、二、第一七号証、第一八号証、第一九号証の一ないし五、第二〇ないし第二三号証

2  証人小谷真二、同潟田幸子、原告本人 第一、二回)

3  乙第六号証の一ないし三が被告主張の日に被告主張の場所を撮影した写真であることは認める、その余の乙各号証の成立はすべて認める。

二  被告

1  乙第一号証の一ないし五、第二号証、第三号証の一ないし三、第四号証、第五号証の一、二、第六号証の一ないし三(いずれも昭和五五年二月八日に、一は被告の生地給油所、二は同三日市給油所、三は同入善給油所を撮影した写真である)

2  証人松平哲行

3  甲第三号証、第五号証、第六号証の一ないし三、第七ないし第一〇号証、第一四号証、第一五号証及び第一六号証の各一、二、第一七号証、第一八号証の成立は認める、甲第一号証、第二号証の原本の存在及びその成立は知らないその余の甲各号証(第一五号証の三は除く)の成立は知らない。

理由

一  請求原因1項(但し 確定申告書の提出日を除く。)及び2項の各事実並びに同3項のうち、原告が本件株式取引により、別表第二(三)記載のとおりの損失を生じたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  本件株式取引による損失を控除する前の原告の本件各係争年分の所得金額が別表第一(三)記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

そこで前記本件株式取引により生じた損失が事業所得の金額の計算上生じたものか否かにつき判断する。

1  所得税法第九条第一項第一一号によれば、有価証券の譲渡による所得は、原則として非課税とされているが、同号イ、同法施行令第二六条第一項によれば、有価証券の売買を行なう者の最近における有価証券の売買の回数・数量又は金額、その売買についての取引の種類及び資金の調達方法、その売買のための施設その他の状況に照らし、営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生じた所得については、課税の対象になるとされ、さらに、同法施行令第二六条第二項は、その年中における株式等有価証券の売買が次の各号に掲げる要件に該当するときは、その他の同条第一項に規定する取引に関する状況がどうであるかを問わず、その者の株式等の売買による所得は、同項の規定に該当する所得とすると規定し、第一号において、その売買の回数が五〇回以上であること、第二号において、その売買株数等の合計が二〇万以上であることと定めている。

そして、有価証券の取引による所得が右の要件を充たし、課税の対象となる場合に、それが事業所得となるか否かについては、所得税法第二七条第一項、同法施行令第六三条第一二号の規定による「対価を得て継続的に行なう事業」から生じた所得と認められるか否かにより決すべきものと解される。

ところで、具体的な株式等の取引行為が右の「対価を得て継続的に行なう事業」に該当するか否かは、結局、一般社会通念に照らして決めることとなるが、その判断に際しては、営利性、有償性、継続性、反覆性の有無のほかに事業としての社会的客観性の有無が問われなければならず、この観点からは、当然にその取引の種類、取引における自己の役割、取引のための人的、物的設備の有無、資金の調達方法、取引に費した精神的・肉体的労力の程度、その者の職業・社会的地位等の諸点が、検討されなければならない。

2(一)  原告が、ガソリンスタンド三店を持ち従業員約一〇名を雇用し年間売上高約一億三千万円ないし二億六千万円をあげている附近でも規模の大きい石油販売業者であること、原告が、昭和四六年富山市今泉の土地売却代金二、九八二万九、〇五〇円を入手したこと、原告には従来、株式取引の経験がなかったこと、原告は、株式取引について事業の開始に関する届出をしておらず、また昭和四六年分ないし同五〇年分の確定申告書及び青色申告決算書に株式取引による所得について記載していないことは、いずれも当事者間に争いがない。

(二)  いずれも成立に争いがない甲第三号証、同第一四号証、乙第一号証の一ないし五、同第二号証、同第三号証の一ないし三、同第四号証、同第五号証の一、二、原告本人尋問(第一回)の結果により原本の存在及びそれが真正に成立したものと認められる甲第一号証及び同第二号証、原告本人尋問(第二回)の結果により真正に成立したものと認められる甲第一九号証の一ないし五、証人小谷真二、同潟田幸子及び同松平哲行の各証言、原告本人尋問(第一、二回)の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の各事実が認められ、これに反する証人潟田幸子及び原告本人(第一、二回)の供述部分はたやすく採用できず他にこれを覆すに足る証拠はない。

(1) 原告は、昭和四六年六月三〇日に本件株式取引を開始し、同四九年三月に一旦取引を中断し、同年六月に再開して同五〇年二月に取引をやめ、その間、昭和四六年には約三〇〇回、累計約三億円の取引を、同四七年には約五〇〇回累計約三二億円の取引を、同四八年には約六〇〇回、累計約二〇億円の取引を、同四九年には約一〇〇回、累計約一億五、〇〇〇万円の取引をなしたもので、取引内容は、現物取引と信用取引の双方があって、その割合はいろいろであった。

(2) 株式の信用取引は、短期間における株価の変動を利用して売買差益を利得するという投機性の強いもので、証券投資の経験が長い者が大きな利益を得るために取引を始めながら、その大半が最終的には損失に終わっている。

株式の信用取引を行なうためには、証券会社に一定の保証金を提供することを要し、右保証金の提供比率は市況によって変動するが、株式市場が比較的平静に推移しているときは取引額の三分の一程度であり、したがって株式の信用取引は、比較的僅少の自己資金で、金融機関よりの借入れに頼ることなく、多額の取引が可能となり、個人事業主、会社役員及びサラリーマンに信用取引を利用する者が多い。

(3) 原告の石油販売業による年間売上高は、昭和四六年が約一億三、〇〇〇万円、同四七年が約一億四、〇〇〇万円、同四八年が約一億九、〇〇〇万円、同四九年が約二億六、〇〇〇万円であり、原告は危険物保安監督者として各店舗でその業務に従事していた。

(4) 原告は、富山市今泉の土地売却代金二、九八二万九、〇五〇円を本件株式取引の資金にあて、本件株式取引による損失額の合計約二、九〇〇万円は、右土地売却代金におよそみあうものとなっている。

原告は、昭和四六年ないし同四九年にかけて、北陸銀行及び黒部市信用農業協同組合等の金融機関から借入れをしているが、その用途は石油販売業の運転資金や仕入代金の支払いにあてるものであった。

原告は、証券会社四社と取引をしていたがこれら四社に預けた信用保証金の額は、通常一社当り五〇〇万円前後であった。

(5) 原告は、本件株式取引により、昭和四六年、同四八年及び同四九年には損失を蒙り、同四七年には約二、二〇〇万円の利益をあげ、右利益により生地給油所の油槽所を作った。

(6) 原告の本件株式取引につき、妻である潟田幸子が振替伝票の作成を手伝う以外、人的設備はなく、また、原告は、生地給油所で主に石油販売業のための物的設備を使用して株式取引をなし、株式取引を開始するにあたり、その電話をダイヤル式からプッシュ式にかえ、附属鈴二個を設置したのみで、株式取引の看板を掲げていなかった。

(7) 原告は、毎朝五時頃から従業員が出勤してくる八時頃まで石油販売にたずさわり、日中は従業員を監督したり、危険物保安監督責任者の仕事に従事したり、自己の経営する三店舗のガソリンスタンドを回り、その経営にたずさわるかたわら、経済誌を読み、証券会社に電話するなどして株式売買の情報収集をして、株式取引を電話でやり、従業員が帰る午後六時頃から午後九時頃まで再び石油販売の仕事をしていた。

(8) 原告は、顧問税理士である種田税務会計事務所に対し、当初株式取引のことを報告せず、株式取引については税理士は関与しておらず、後日欠損した分を何とかしてほしいと頼んだ程度にすぎない。

(三)  以上(一)(二)の各事実に基づいて考えるに、本件株式取引における売買回数は所得税法施行令第二六条第二項に定める要件を大きく上廻っており、営利性・有償性及び継続性・反覆性についてはこれを肯定するのが相当である。

しかしながら、本件株式取引が事業といいうるためには、前述のとおり、さらに事業としての社会的客観性を要するところ、そもそも株式の信用取引は、短期間における株価の変動を利用して売買差益を稼ぐという投機性の強いもので、それを長期間行なっている者の大半が最終的には損失に終わっていることから考えて、本来事業になじみがたい性格を有するものであること、原告は、規模の大きい石油販売業を営み、その経営に労力を用い、右職務のあいまに電話による株式取引をやっていたこと、右株式取引を継続的に行なうための人的物的設備もないこと、右取引のための資金も土地売却代金の範囲に限られており、株式取引による損失の総額が右土地売却代金に合致した段階で株式取引をやめていること、原告の自認する石油販売による所得及び株式取引による損失の額からすれば、原告は生活の資のほとんどを石油販売業によって得ていたと認められることなどを考えれば、本件株式取引は、一般社会通念に照らしいまだ事業と認めるに足りないと解するのが相当である。

3  したがって、本件株式取引によって生じた損失は、事業所得金額の計算上生じたものとは認められず、雑所得金額の計算上生じたものと解すべきであるから、所得税法第六九条第一項の規定による他の各種所得の金額と損益通算することはできず、また、同法第七〇条第一項の規定による損失額の繰越控除をすることもできない。そうすれば原告の本件各係争年分の総所得金額は被告主張の金額となることは明らかであり、本件更正処分及び本件賦課決定(裁決により取消された後のもの)は、いずれも適法である。

三  以上により原告の本件更正処分及び本件賦課決定の取消を求める本訴請求は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 寺崎次郎 裁判官 宮城雅之 裁判官 高部眞規子)

別表第一

〈省略〉

別表第二

〈省略〉

(△は損失を意味する)

別表第三

〈省略〉

(△は損失を意味する)

(注1) 前年度からの繰越された損失

(注2) 当該年度の株式売買による損失

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